2004年01月13日

幼稚園の始業式と給食/専業主婦も勉強

ようやくコドモの幼稚園が始まった。近隣では、先週から始まっている園もあるので、遅いスタートのようだ。

約3週間の冬休みの間、生活のペースは乱れまくり、昨晩の就寝は12時頃で、休みを満喫しすぎて通園することも嫌がっていたが、今朝は、まあまあ機嫌よく起きて、普通に園に行った。

コドモの幼稚園は、週5日の給食を実施している。それもあって、働く母親が他園より多いようだ。週5日の給食=弁当持参が少ないというのは、ワタクシにとっては大変魅力的である。オットからは「母親のお弁当を食べる機会が少ない。」と少々不満も聞かれたが、聞こえないフリをしておいた。

「お弁当こそ母親の愛情表現」と思っている人はともかく、ワタクシには、毎日弁当持参という条件は、ちと厳しかった。働くかもしれないし、料理に工夫がないので、コドモの好きな寿司、焼きソバ、サンドイッチのローテーションで終わってしまいそうだ。

同じ園に通う母親の中にも、週5日の給食に抵抗があった方もいたが、入れてしまえば「お弁当作りがないと楽よね。」「私の作る料理より栄養バランスがいい。」「好き嫌いが減った。」など、給食にありがたみを感じている。給食については、賛否両論あるが、個人的には、なかなか良いです。

長期休み前後や園の行事などで半日保育の時には、給食はなく、食べやすい軽食程度のランチ持参になる。保育終了から園バスに乗るまでの時間、ランチを食べるのだ。

本日は、サンドイッチ、イチゴ、ジュースを持たせた。いつもの如く、ランチボックスは空っぽだった。

「今日はね、先生がお腹空いたって言ったから、サンドイッチsharingしたんだ。」とコドモが言った。

「え〜、あのテキトーに挟んだだけのサンドイッチ、先生にあげちゃったの!?」

これは予想外の事態だった…。「このお母さん、あんまり料理好きじゃないな。」って、先生は思ったことだろう。まあ、食べるまでもなく、たまに持参するランチを見れば一目瞭然か…、まあ、いいや。

明日から、また給食が始まり、ワタクシの幸せな時間が戻ってくる。

***

昨年の秋頃、ある資格を取るために勉強を始めようとしたが、とりあえず見送った。しかし、しばらくは日本にいることが確実になったので、再び始めようという気になっている。

ネイルスクールに通いたいとも思っているが、仕事にするには厳しいし、趣味としてはお金がかかりすぎる。

もう少し現実的に考えて、過去の経験と知識を試し、働くかどうかはともかく、仕事に結びつく可能性が高い資格にした。

オットの会社では、全社員の給与が減額している。何かとお金のかかる子供が何人かいる家庭では、やや生活が苦しくなっている人もいるという。

その影響も多少あるのか、家族で付き合いのあった同僚の奥さんが、長い専業主婦生活を終え、最近になり働き始めた。出産前まで続けていた仕事ではなく、同じ業界の違う職種で働けるようにと、専業主婦の時に新たに資格を取得していたそうだ。ようやく、その資格が陽の目を見ることになったそうだ。

専業主婦生活が長くなると、社会復帰も難しいという声も聞かれるが、持っている知識は忘れずに、使える資格を取れば、年齢に関わらず門戸が開けることもあるだろう。

その奥さんの話を聞き、専業主婦でも過ごし方ひとつで先に続く道が違う、改めてそう思い、新たな資格と英語の勉強をすることにした。

もちろん、英語を仕事で活かそうなどと大それたことは考えていない。海外旅行の際、店員にぼられないよう、何かあれば質問できる程度(トラベル英会話レベルってことか)、また、出会った人と意思の疎通ができれば尚可というレベルである。

***

米国企業からは、Final offerが来ない。先方も日本の会計事務所から連絡待ちだという。

ということは、この日本の会計士も英語ができる会計士なのよね…と、ふと思った。

オットも、いくつもの外資系企業からオファーがあるのは、持っているスキル+英語が出来る、海外勤務アリという付加価値が大きく、転職の選択の幅が広がっている。

やっぱり、世の中、英語なのかねぇ…、若いうちに、もっと勉強しておけばよかったよ。
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2004年01月19日

えぇ、不出来な娘ですとも

午後、コドモの帰宅時間に合わせて母がやってきた。

母が背負ってきたワタクシのお下がりのルイヴィトンのモンスリ(大)の中からは、煮物や味付け御飯のタッパーが続々と出てきた。

ビトンのリュックは、肩に馴染むし、底がしっかりしてるからタッパー入れるのに丁度いいのよ。」と、堅実でブランド品とは縁がなかった母でも、ビトンを気に入っている様子。

「でも、リュックの革紐がほどけてきちゃうから、ユザワヤで買った紐に取り替えちゃった。」と、リュックを見せてくれた。

ギャ〜、ヴィ、ヴィトンの革紐がない〜!


ヴィトンの革紐を色付き荷造り紐に替えるなんて前代未聞だ。ヴィトンの革紐ですら欲しがる子もいるだろうに、価値が分かってんだか分かってないんだか、自分の母親がよう分からん。まあ、本人、ご満悦なら、それでいいっか…。

「コドモをあんまりガミガミ怒っちゃいけないよ。」と、お茶を飲みながら、母に言われた。
「私もねぇ、育て方をああすればよかった、こうすればよかったって思うのよ。そうすれば、娘(ワタクシ)が、こういう風に育ってたんじゃないかなって後悔することもあるのよ。今、自分の娘がしている育児を見てて思うわぁ。」
「そっか〜、ン十年経っても、自分の育児を後悔するもんなんだね。すまないねぇ、不出来な娘で。」

って、違うよ。謝るのはワタクシじゃなくって、お母さん、あなたでしょうがっ!!

「育て方が厳しかったのかなぁ…。」と、母はシミジミ言っていた。

今のワタクシの奔放ぶりからすると「信じられない。」と言う人も多いが、ウチの親は、並外れて厳しかった。大人になってからは、厳しい親との激しいバトルも多かった。

あの厳しさが子育てに必要だったのかは分からないが、今となっては、過ぎたことで、結婚してからは、何も言わなくなった。

「子供は誉めて育てないと。」と、どこぞの受け売りみたいなことを言っていたが、今ごろ気付いても遅いよ…。

「アメリカ行くならコーチのトート買ってきてね。予算は4万円。」と、帰り際にリクエストされた。子供たちは自立し、先も長くない(本人談)ので、最近の母は、堅実路線返上をし、コーチのファンで、エステにまで通い、働き詰の父よりも生き生きとしている。

いくつになっても人生エンジョイできるのは羨ましい限りだ。統計的には、女性の方が長生きだが、母を見ていると、その理由が手に取るように分かる。

ちなみに、ワタクシと母は、性格が違います…。きっと短命だろうなぁ。

***

朝から降っていた雨は、昼頃に止んだ。外は底冷えしていて、コートの下で身を強ばらせて歩くほど。
そんな中、近所の庭先で一輪の白い梅が咲いているのを見つけた。先週から厳しい寒さが続いているが、木々にとって、春はそう遠くないようである。
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2004年01月20日

風邪で休み/親として考えさせられる

なのは、コドモ。

朝起きたら、顔が赤いので熱を計ったら37.5℃。昨晩も今朝も元気なので予想外だったが、仕方なく園を休ませることにした。

冬になり、コドモのクラスでは、常に3〜4名の園児が欠席している。インフルエンザではないが、風邪が蔓延しているようだし、週末は街中に出る機会も多いので、どこかで移ったのだろう。

今週、野暮用でいろいろと外出する予定だったが、丸潰れじゃ。子供がいると、ドタキャンを常に覚悟しておかなければならない。それでも、年齢を経ると共に、風邪をひく回数も長引くことも減ってきてはいるが。

まあ、こういう時もある。天気もいいし、洗濯バアサンになりますか…。

***

同じ園バス停を利用している子供のお母さんから、昨日の朝のお見送りが終わった後「話がある。」と引き止められた。

この方のお子さんとコドモは、同じ園バスを利用する唯一のクラスメートだというのに、性格が合わないのか、毎朝のようにケンカになったり、どちらかが、いじけたり、怒ったり、泣いたりという有様。

毎朝のように同行しているワタクシは、気分を害したり、少々疲れてきて、昨年末、園バス利用を止めようかと思ったほど。

似たようなことを相手のお母さんも思っているんだろうなぁと思いつつ、つっこんだ話をするのも面倒だし、見て見ぬフリをしていた。

ワタクシとは違うタイプで、どちらかといえばおとなしく、周囲の目をとても気にし、自信なさそうで、不器用な感じがする。でも、飾らない実直な性格、損をすることが多いのだろうなと察していたワタクシは、このお母さんに悪い感情はなく、むしろエライなぁと思うこともあった。

そんな彼女が「私は、何をしてもグズで、活発な性格じゃないから、言いたいことも言えずに、人から誤解されることも多かったから、きちんとお話しようと思って…。」と、子供達の様子をどう思うのか話をしてくれた。

「子供達は合わないかもしれないし、不愉快な思いをさせているかもしれないけど、色々な偶然が重なり、知り合ったのもご縁だし、個人的にXXさん(ワタクシ)とはお付き合いして行きたいと思う。子供がもうちょっと大人になって、仲良くなってくれればいいんだけど…。」と、彼女は話を締めくくった。

自分の気持ちを相手に分かってもらおう、誤解されないよう、どうやって話をしようかと、週末、一人で考え続けていたのだろう。

ワタクシは、おとなしい性格ではないし、言いたいことは何でも言う、でも、調子がいい性格なので、テキトーに合わせてお茶を濁し、面倒は切り捨てることもする。

「性格が違うと物事に対する対応が、こうも違うのか。」と、饒舌ではないが、自分の気持ちを誤解のないよう伝えようとする思いが伝わり、このお母さんから何かを学んだような気がした。

この年になり、ハッとさせられたというか、「これでいいんだ。」と思っていた自分の改めるべき点に気付かされたというか…。

園バスを止めることは短絡的で、問題解決にならないし、話し合える人のようなので、お互い一人っ子同士で、ケンカもせずに生きてきた子供同士、ぶつかり合って成長しなさい…、そう受け止めるようにした。

ワタクシも、親として、まだまだ未熟で、自分の問題解決方法をそのまま子供に当てはめようとしていた。子供の様々な出来事を通して、今後も親として、人間として成長をする…と思う、希望的観測だけど。

出産した当事者であるワタクシも、出産したと同時に親になったわけではなく、自分との葛藤を経て、最近、ちっとは親らしくなったかなぁと思っていたけど、まだまだだね。
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2004年01月21日

子供の熱性けいれん

昨日の朝、37.5℃だったコドモの熱は、午後になり38.6℃まで上がった。熱以外に症状はなく、食欲もあり、本人も元気そうだったので、薬を飲ませることなく安静にさせていた。

夕方になり、少し辛そうになったので、食後に薬を飲ませようと思っていた。夕食後の片付けをキッチンでしていたら、座ってテレビを見ているコドモの後姿が微動だにしないことに気付いた。

様子が変だったので、コドモの顔を覗き込んだら、真っ青な顔をし、目を白黒させている。約2年ぶりに熱性けいれんを起していて、座ったままの姿勢で身体を強張らせていた。そのまま横にし、呼びかけをしながら、時間を計った。ワタクシが気付かなかった時間を含めても、およそ2分くらいだろう。

その後、意識が戻ったコドモは、私の首に手をまわし、しがみついたと思ったら、グッタリとした。「眠いの?疲れちゃったの?」という問いかけに、小さく頷き、そのまま深い眠りに陥った。

2年前、アメリカで起したけいれんと同じ状況だった。この時は、意識レベルが低下したのかと思い、911を呼んだが「寝てるだけだから大丈夫だ。」としか説明されず(説明したのかもしれないが、英語が分からなかったのかも)、結局、ERに連れて行き、事無きを得た。

昨晩は、1時間半ほど熟睡した後に、自分から目覚めたので、解熱剤を飲ませた。その後、朝まで熱が上がることもなく元気だったが、念のため、かかりつけの医者へ連れて行った。

「けいれん発作後の睡眠」というのは、しばしば見られる症状で、大脳が疲労したことにより、時には通常よりも深い眠りにつくとのこと。意識レベルの低下かどうかの判断は、時に医者でも難しいので、酷だが、つねったりして、子供の反応を見てください、とのことだった。

先生自身も先生のお子さんも熱性けいれん持ちなので、いつも経験談を話してくれるので参考になる。久しぶりにけいれん止めの座薬を処方してもらった。

ワタクシが、コドモの熱性けいれんに気付いたのは、1歳半前に初めて高熱を出した時である。ワタクシには、何が起こっているのか分からなかったが、医者へ連れて行き、それが「熱性けいれん」だと知った。

そして、遺伝をするらしく、両親のどちらかが過去に経験したはずだとも言われた。双方の親に確認したが「そういうのはなかった。」と口を揃えて言っている。しかし、夫婦揃って、幼少時には、たびたび高熱を出していたので、どちらかの親が熱性けいれんに気付かなかった可能性が高い。

コドモが2歳になるまでは、風邪を引くたびに、中耳炎を患い、時には鼓膜切開をしたし、高熱を出し、熱性けいれんを起し、完治するまでに最低1週間かかった。当時、働いていたので、コドモの長引く風邪は、たびたび会社を休む原因となり、看病のため寝不足でフラフラで出社した時もあったし、どうにもならない時は、親の助けも借りた。

その後、アメリカで2度のけいれんを起したが、2年前を境に、高熱を出しても、けいれんを起さなくなっていたので、年齢的に収まったと思い、昨日は、解熱剤も飲まさなかったのだ。やはり、6才くらいまでは、油断してはならないようである。

けいれんを起した時のことは、コドモはよく理解していないというか、何が何だか分からない状態になるようだ。

「病気(けいれん)になった時、怖かったよ、具合悪くなった。」と言っている。そして、けいれん中、ワタクシが「すぐに治るよ、ママがいるから大丈夫だよ。」という声は聞こえていたらしい。(けいれん中、周囲で大きな声を出したり、騒いだりすることは避けた方が良いです。静かに冷静に様子を観察してください。)

けいれん後、怖くなり、ワタクシに抱きついたが、すぐに疲れて眠くなったそうだ。

子供が大きくなるにつれ、どのように具合悪いのか等、聞けるようになるので、看病も少しは楽になった。
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2004年01月24日

左利きのコドモと平仮名の練習

コドモは、つい半年前まで、アルファベットは知っていても、日本語に50音があることすら知らなかった。

日本の幼稚園全てが、平仮名を必修にしているわけではないが、コドモの通う幼稚園では、年長になると平仮名を覚えさせる。

そのようなわけで、グータラなワタクシは園任せにするつもりで、自宅で勉強させるつもりは全くなかった。

しかし、教室には、平仮名で書いた歌詞があるし、自分の持ち物にも平仮名で名前が書いてある。そのような環境におかれたコドモは、入園と同時に平仮名に初めて興味を示した。

お風呂場に貼る平仮名表を買い、気が向けば入浴中に教えた。表にない濁点等を除けば、ほぼ全ての平仮名が読めるようになり、街中にある看板や注意書きをボチボチ読むことも出来るようになった。

次は、書くことに興味を覚えた。以前、買った平仮名練習帳で、書く練習をさせてみたが、難関がひとつある。

ワタクシは右利き、コドモは左利きなのだ。手を添えて一緒に書くために、ワタクシは利き手ではない手を使わないといけない。右手で何気なく書いている文字も左手で書くと、「き」や「さ」の横棒も、どっちから書くんだっけ?と自分自身、一瞬分からなくなる。

左利きのせいなのか分からないが、コドモは、右から左に字を書き、読むのだ。どうも人間工学的な部分や頭の回転が逆のような感がする。

ワタクシの兄弟も左利きだが、親に中途半端に矯正されたため、文字は左手、道具は右手である。彼以外、血のつながりがある者の中に左利きはいない。

左利きの子供を産むとは夢にも思わなかったので、「左利きの子供が生まれるのは何故?」という大きな疑問を抱いている。(知っている方がいたら教えてください)

それでも、左利きが悪い、みっともないと思ったことは一度もなく、矯正するつもりはなく、このままで良いと思っている。
posted by ワタクシ at 09:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 子供・学校
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